タイトルは、某居酒屋で相方に言われた台詞。
オムレツに、にらが入っていても大丈夫か?と訊いたことへの反応。
多分、同じ事を数十回は訊いているのだろう。
言われて思い出してみると、数日前に一緒に喰った鍋(つーか相方が作った)にも入っていた。
相方の対人記憶力はすごい。私の友人や同僚なんかの日常は言うに及ばず、ちらっと話したぐらいの私の幼馴染の旦那のことまで覚えている。
私はそれをレアな能力だと思っていたのだが、わりと世の中にはそういうことを覚えている人がいるようだ。
同僚たちは、酔って話した私の昔の男のことを覚えているし、世間話に出した私の旅行時の失敗のことまでも覚えている。
人の顔や名前もろくに覚えられない私には驚異の能力だ。
ミーティングでにこにこと挨拶した後で、慌ててskypeで「あの人名前なんやったっけ?私会ったことあったっけ?」と同僚に確認したのは1度や2度じゃない。
で、タイトルへの返答。
同様の印象を持っているであろう、愛する友人たちにも同時に。
興味が無い、のではなく、メモリに置いておく必要がない、と判断しているのだと思う。
。。。忘れたら訊けばいい、少なくとも訊ける範囲である、という評価なのです。
辞書と同じ。全部覚えている必要はなく、辞書がどこにあるかを押さえておけばいい。判らなくなったら開けば良いではないか、という。
しかし、問題はまさにそこで、その情報にメモリを割くだけの重要性を認めていない、というところなのではないかと推測している。
それが、興味が無い、といわれているゆえんではないかと。
でもね。それは違うんですよ。
ただでさえ容量が少ない上に頻繁にキャッシュミスするメモリを有効に使うには、参照出来るものなら参照を持っておくしかないわけです。
私のメモリの大部分を占めているものは、情報そのものではなくほとんどが参照なのです。
日常の接触が多くなればなるほど、参照が複数の枝葉ではなくトップになるのは必然じゃないですか。
興味のあるなしはその機構に全く関係ないわけですよ。
んー。
朝からビールを飲むと調子が良いね。
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