ここ数年、自分が大変残念な記憶力の持ち主であるということは実感している。
加えて、大変残念な空気読む力の持ち主であるということも理解している。
ここ数週間、さめがめに似たタイムアタック落ち物ゲームをやっていて、ようやく気付いた。
大変残念なとっさの判断力の持ち主でもあったらしい。
咄嗟、ではなく、一般化して、単に、残念な判断力である可能性も、蓋然的に、低くはないですよねえ。
とても悲しいことではあるけど、仕方ないなあ。
これからしばらく、判断力を必要とされるだろうフェーズが続くんやよなあ。
自分の人生ではあるけど、出来れば判断力をアウトソースしたいものだ、と考えて、それってつまり宗教やらなんやろうなあと、なんとなく納得。
結果がどう出ようと、構造的に、「間違いのない判断」になる。そりゃ安心やわな。
でもまあ、仕方ない。間違いたくて間違えるわけじゃないしな。
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